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中1週報 特別版「みんなの作文 第2弾です」2016年12月19日

 修学館では,保護者に対するきめ細かい情報発信の一つの手段として,中1~高3の全学年,学年便り(週報)を原則毎週末に発行しています。日常の学校生活の様子等の情報を積極的に発信し,保護者との情報の共有ができればと思います。修学館のホームページでは,「学年便り(週報)から」というコーナーを設け,学年便りにあった面白い記事,感動する記事などを皆さんに紹介します。更新を楽しみにお待ちください!

☆ みんなの作文 第2弾です ☆
 夏休みの課題作文です。大変感銘を受けたので,生徒のみんなには印刷をして読んでもらいました。   

 『 終戦記念日に思う 』 2組 Yくん     
 終戦記念日の前日,八月十四日の南日本新聞を読んで,気になる記事があった。「終戦記念日はいつか知っていますか」と,鹿児島県内の十五歳から二十二歳の五十人にたずねたところ,八月十五日と答えることができたのは,半数の二十五人だったそうだ。しかも,広島や長崎に原爆が落とされた日を,全く答えられなかった人が十六人もいたというのだ。この結果に,戦争体験の語り部や学校の先生たちからは驚きの声があがったそうだが,十三歳の僕もとてもびっくりした。僕は,二年前の八月六日に広島を旅行し,原爆ドームを訪れその姿にとても恐怖を感じたことを今でも覚えている。負の世界遺産といわれ,新しい近代的な建物がまわりにある中,その原爆ドームだけが鉄骨がむき出しになり,破壊され異様な感じだった。広島への原爆投下で残されたこのドームが,核兵器の悲さんさを伝えていると思った。また,原爆の恐ろしさを改めて感じた。
 今年は,戦後七十一年,戦争を体験した人が少なくなる中で,僕は,母からある新聞記事を渡された。それは,今から四年前の南日本新聞の「証言,語り継ぐ戦争」という記事だった。徳之島に住む,僕の曾祖母の戦争体験が記事になっていたのだ。僕が遊びに行くと,いつも笑顔でむかえてくれる曾祖母から,戦争の話を聞いたことは一度もなかったので,とてもびっくりした。記事を読んでいくと,曾祖母が十八歳のときに二十一歳のお兄さんを戦争で亡くしたこと・お兄さんが手紙で,「あとは頼む。この世の中は生きることが大事。」と残していたこと。めちゃくちゃに爆弾を落とされる中で,近くのソテツ畑に逃げ込み,弾の破片がヒュンヒュンと頭の上を飛び交ったことなど,僕にはとても想像できないようなことがたくさん書かれていた。そんな曾祖母の戦争の時代にも,楽しいことはたくさんあったそうだ。できれば,そういう楽しかったことだけを思い出したいとあった。今まで,こんなに身近な人から戦争の体験を聞いたことがなかったので,曾祖母のこの記事を読んで,あまりに辛い戦争の思い出は,僕たち孫たちには話さなかったのかなと思った。

 曾祖母も今年九十二歳,今も元気に徳之島で暮らしている。戦争を体験した人が少なくなる中,「戦争がどれだけの人を傷つけるか,街などを破壊するだけでなく,たくさんの人の命を一瞬にしてなくしてしまう恐ろしいものだ」ということを知らない人が増えるのは,とても恐ろしいことだと思う。新聞でのアンケートにあった終戦記念日を知らない人が増えているということも,とても問題であると思う。戦争を知らない僕たちは,戦争の語り部の方たちから戦争の話を聞いたり,戦争の悲さんさを伝える資料館を訪れたりと,自分たちから戦争を体験した人たちの話を聞くように,積極的に動かなければいけないと思う。戦争の悲さんさを知らずに過ごしていると,また戦争をおこすかもしれないし,戦争がおきてしまうかもしれないと,僕は思う。
 曾祖母は記事の最後に,「多くの死の上に,今の平和な社会が築かれたことだけは知ってほしい。二度と戦争を起こしてはいけない。友達の死を無駄にしないためにも。」と言っている。久しぶりに,徳之島の曾祖母に電話をしてみようと思う。そして,今まで聞けなかった戦争の話を少しずつ聞いていきたいなと思った。

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