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高1週報 第43号「担当者より」2015年03月20日

 修学館では,保護者に対するきめ細かい情報発信の一つの手段として,中1~高3の全学年,学年便り(週報)を原則毎週末に発行しています。日常の学校生活の様子等の情報を積極的に発信し,保護者との情報の共有ができればと思います。修学館のホームページでは,「学年便り(週報)から」というコーナーを設け,学年便りにあった面白い記事,感動する記事などを皆さんに紹介します。更新を楽しみにお待ちください!

 ☆ 高3・中3の卒業と高1の修了にあたって

皆さんが春夏秋冬の中で一番好きなのはいつでしょうか。私は春です。小学校を卒業して中学校へ,高校を卒業して大学等へ進むのがこの季節です。卒業にはやり遂げた充実感があり,次に入学するまでの間の休息期間も短いけれども得られます。次の学校への不安もありますが,次のステージへ上がることの期待の方がやはり大きいです。この季節は,達成したことで自分の成長を感じられる時であり,しかも暖かくなって花もいっせいに咲き出します。いい季節ではありませんか。以前は身近に菜の花畑があり,湧くようにたくさんいたモンシロチョウを追いかけて黄色い花の中に入っていくと,甘いにおいを体が黄色になるほどいっぱい吸い込んだものです。皆さんは高1を修了し,2年生に進みます。テストも終わり,自分のやりたい勉強ができる時です。やらねばならない勉強の多い通常と違って,自分のやりたい勉強ができます。各科目でかねて暇がなくて気になっていた部分,弱い部分,深めたいところを納得いくまで勉強してください。

 ☆ 正岡子規と夏目漱石の友情 (松山市教育委員会編;「伝記 正岡子規」より)

子規と漱石は同い年で,明治維新の前年の生まれである。子規が漱石に対して,畏敬の念を持ったのは,第一高等中学校の英語会が最初である。英語会は,二人が出会った1か月後の2月に行われ,本科1年で奇しくもこの二人が演説をした。その時,原稿を見ながら話した子規は,原稿なしで堂々と話した漱石を改めて見直した。子規は,随筆「筆まかせ」の〝交際〟のところで,漱石を「畏友」と称している。「畏」というのは,「畏敬する」「おそれ敬う」意で,いかに漱石を尊敬していたかを察することができよう。一方,漱石は,「自分がいつも弟分だった。子規の言うままにひきまわされていた。」と,後年言っている。このように,二人のお互いを尊敬し合う気持ちが友情を深め,個性を伸ばすことになったと言えよう。・・・

日清戦争の従軍記者として大陸に赴いた子規は,休戦・講和のために帰国の途についた。しかし,病のため神戸等で療養した後,松山に帰ることになった。そして,その時,松山中学校の英語教師として赴任していた友人漱石の下宿に,しばらく住むことになった。松山に帰った子規は,一夜を叔父の家で過ごし,翌日には,漱石の下宿にやってきた。そして,「ここがいいよ。」といって漱石の承諾も聞かず,一人で勝手に決め,その日からころがりこんでしまった。家主から,「正岡さんは肺病だから,伝染するといけないからおよしなさい。」と,言われた漱石だったが,別段気にかける風もなく,そのままにした。そのあげく,漱石は二階に追いやられ,広い階下二間を子規が陣取ったのである。二人の仲はそれほど深かった。・・・

皆さんの修学館とその先の学校は,学びの場であるだけでなく,友人を得る大事な場でもあります。

 

 

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